イスラム教の五行の一つに”喜捨(ザカート)”という考え、つまりは”施し”があります。またザカートとは別に”サダカ”というものもあります。商売では儲かる時も儲からない時もあるものです。またイスラム教ではその人が生きている間に天使が善行と悪行の全てチェックしており、最後の審判の際にはこれによって判決が下されます。しかし、生活の中で正しい行いだけをする事はとても難しいものです。それはアッラーもお見通しなので悪いことをしてしまったら、それ以上にいいことをすれば天国に行けるとされています。

喜捨(ザッカート)

これは五行、つまりは義務です。収入の数パーセントを国が集める場合もありますし、町に箱が設定されているところもあったり、個人が学校やモスクに直接渡す場合もあるようです。これは”神へ貸付けを行う”ということらしく、”浄め”の意味でもあり、最終的に自身のためになります。そして差し出されたお金は困っている人のために使われるという素晴らしい社会システムとして機能しています。

サダカ

これは自発的に行う喜捨です。例えば、近所で困っている人を助けるといったことや、観光客にぼったくりの値段で商品を売りつけてしまった際に、善行を行うことでそれをなかったことにしてもらおうというものです。アッラーはその全てを知っているため、虚栄心のためではなく自身の来世のために行われているようです。

感謝は必要ない?

貧しい人たちにお金を渡したり、人助けをした後でも感謝をされないということもあるようです。しかしそれは、助けられた人からすると、”喜捨をさせてあげた”ということ、つまりは”善行をするチャンスを与えてあげた”ということでもあるようです。しかし、助ける側も感謝されるためにやっているわけではないので、様々な場所で善行は日々行われています。日本人の感覚からすると違和感があるのかもしれませんが、もしかしたらこれが本来の姿なのかもしれませんね。